制限条項がある工事での追加・増額の可否

請負契約において、工事費の追加・増額を認めないという制限条項が規定される場合があります。
請負人は、その制限条項に拘束されるのが原則ですが、例外が認められる場合はないのでしょうか。

紛争事例より、当該条項の意味・解釈を問題にする余地について考えてみます。

建設工事請負契約の特異性

「請負」とは、一方がある「仕事」の完成を約し、相手方が対価である「報酬」の支払いを約する、という契約です(民法632条)。
「仕事」も「報酬」も、契約の本質であることから、合意(約束)が成立するのに足りる程度に決定し、契約において特定されている必要があります。

しかしながら、建築の場合は、工事を進めながら内容が変わっていくケースが多く、金額は最終的にプラス・マイナス・ゼロに落ち着くとしても、何らの変更のない工事というのは、むしろ希少です。

仕事の内容や対価が変わるというのは、契約の変更に当たりますので、何らかの書面での合意を行った上で工事を進めるというのがあるべき姿ですが、多くの場合、書面は後追いになり、図面や見積すら存在しないまま突き進む(突き進まざるを得ない)ということも、しばしばではないでしょうか。

こうした実情は、他業界や弁護士等から見れば大きな驚きで、建築・建設業界の悪しき商慣習による特異なものと言われています。
実際、追加・変更の工事費(及び設計監理報酬)をめぐる紛争は、建築紛争お決まりパターンの一つとなっています。

追加・増額の制限条項がある場合

では、契約書の中に、工事費の追加・増額(契約変更)を一切認めない、という条項が入っていた場合はどうなるか?
請負人は、その条項を承知の上で(リスクを見越して)契約を締結したのだから、その条項に拘束されるのが原則です。

しかし、そうはいっても、文言、契約時や追加・変更の経緯より、当該条項の意味・解釈を問題にする余地はあります。
裁判所も、全く無かったものを追加した項目については、認める場合があります。

契約時から、いかなるリスクも請負人が負うとなれば、誰も受注する者がいなくなって発注者側も困ります。
また、請負人が極端に不利な契約は、仮に請負人が了解していたとしても、建設業法の「不当に低い請負代金の禁止」や独占禁止法に抵触する可能性も出てきます。

したがって、制限条項での縛りは完全な「無制限」ではない、という理解の方が妥当だと思います。

震災復旧・復興工事の紛争事例

東日本大震災の復旧・復興工事に当たっては、スピードを優先し、早期に数年後までの長期的な見通しを立てる必要がある等の事情により、公共工事における従来のパターンである(契約)設計→(契約)工事の別発注、以外の様々な発注方法が模索されてきました。
設計はおろか現況の被害調査もまとまっておらず、内容として非常に不明確なまま、完成まで一括での発注も行われたケースも多いと思います。

こうした場合、契約時に工事内容の変更リスクを読み切ることが困難です。
そのため、追加・増額の制限条項を理由に追加費用の清算がなされない場合、請負人としては大きな負担を抱えかねません。

復旧工事における追加変更工事代金請求訴訟

震災後、社会的に大きな注目を集めた大規模公共施設の天井崩落事故後の復旧工事。
契約工事代金は19億円弱でしたが、「震度7にも耐えられる」安全対策を模索した結果、工事費も大きく膨らんだようです。
請負人は、5億円を超える追加代金を請求する訴訟を提起しました。

被告となった発注者(市)は、「設計・監理費及びエ事費は契約金額を限度とする。したがって、 設計内容及び工事内容に変更や追加等が生じても増額に伴う変更契約は行わない。」
「要求条件に合致させるために必要となった工事は当然のことながら 本件契約上、原告においてなすべき工事であって、変更(増額)する追加項目ではない。」と主張していました。

最終的には、裁判所の意見を踏まえ、5000万円のみを市が支払う内容で、和解が成立したとのこと。
工事引渡しから4年半後、訴訟提起からも4年近くが経過していました。
(請負人は、引渡しより前に、追加を主張して建設工事紛争審査会に調停の申し立てをしましたが、調停が整わず、訴訟提起に踏み切った経緯があります。)

当該事案の時系列からの分析

平成23年3月11日に、天井落下事故が発生。
同年6月30日に入札公告にて、がれきの撤去、詳細調査を含む設計・施工一括の「要求条件」が配付されています。
その後、同年8月10日に入札が行われ、同年8月24日に仮契約が締結されています(10月6日に市議会の議決を経て本契約)。

一方、この事故については、震災の翌年である平成24年3月に日本建築防災協会による詳細な報告書がまとめられ、天井落下の機序や原因などについて分析がされています。
その中間報告書が提出されたのは平成23年の9月で、入札公告の要求条件が提示された時期よりも後です。

「制限条項」が及ぶ範囲は無制限ではない

詳細は分かりませんが、先の入札における要求条件の内容は、優れたホールの音響を変えないことと、「震度7」にも耐えられること、といった性能発注的な内容だったと記憶しています。
その結果、施工された天井は、客観的にみれば、従前のものとは全く別モノと評価できるものです。

「5000万円」という和解の金額については、立場によって評価が分かれると思いますが、
少なくとも、一切の追加・増額を認めないという結論は、裁判所から見ても「妥当ではない」ということだったのだと思います。

なお、当初工事の法的責任をめぐる裁判は、平成29年8月の執筆現在、未だ係属中となっています。